義兄弟(夜昼+鴆)


血の繋がりはなくとも
決して切れぬ絆が
そこにはある―…



□義兄弟□



サァア―…と雲間から月が顔を出す。

障子の隙間から差し込んだ淡い月の光と、擦れ合う葉の音に、不意にパチリと目が覚めた。

「………昼?」

自分は確か、眠ってしまった昼の髪をすきながら時が止まったあの世界で盃を傾けていたはず。

それがいきなり表へと引っ張り出された。たまに自然と起きる現象だ。

夜は仕方なく身を起こし、銀の髪を掻くと、布団から抜け出す。

「昼も寝ちまってるしなぁ…」

己の内側に声をかけても返事は返ってこない。

寝巻きから普段着として着ている黒の着物に着替え、青い羽織を羽織って台所へ向かった。

「リクオ様っ!?また夜のお姿になられたのですか?もしや何かありましたか?」

「あらぁ、リクオ様」

台所に顔を出せば、台所にいた首無と毛倡妓に驚かれる。

昼と夜が自分達の意思で好きに入れ換われる事を皆はまだ知らないのだ。

それはさておき、騒ぎになる前にと夜は口を開く。

「静かにしろ。起きちまうだろぉが」

桜の木の根本で気持ち良さそうに眠っていた昼を思い浮かべて夜は釘を刺す。

「は、はぁ…」

しかし、それに意味が分からないと首無と毛倡妓はお互い顔を見合せて困惑したような表情で頷いた。

起きるとは…自分達は陽が落ちてからが活動時間の筈だが…。

口を閉ざした二人の横をすり抜けて、夜はしまってあった薄青色の酒瓶を手に取ると、それを持って台所を出る。

「邪魔したな」

「あ、リクオ様、どちらへ?」

「鴆のとこだ。ついて来なくていい」

昼が寝てしまい、一人の時は大抵鴆の屋敷に行くか化け猫横丁に顔を出すかが夜の暇潰しになっていた。

騒ぎを聞き付けてつらら達が来る前に、夜はひょいと朧車に乗り、つい先日完成した鴆の新居へと向かった。



カラリと、真新しく滑りも良い障子を開ける。

その部屋の奥に目当ての人物が、こちらに背を向けて何やら作業をしていた。

「ん?…騒がしいと思ったらリクオか」

「よぉ、少し付き合えよ」

手を止めて、振り返った鴆に夜は持ってきた酒瓶をちゃぷりと掲げて見せた。

「やれやれ、またお供には黙ってきたのか?」

「いや、今日は見つかった」

ふらりと前触れもなく訪れるリクオに鴆は挨拶がわりになっている言葉を発し立ち上がると、屋敷の中を仕切る番頭を呼んで酒の摘まみを作って持ってくるよう頼んだ。
そして、庭に面した濡れ縁まで移動し腰を下ろす。






酒を傾け、用意された摘まみを摘まみながら他愛もない話を続ける。

「まだ本家の連中には言ってねぇんだろ?」

自分の力を自由に使えるって。

チラリと投げられた視線に夜は薄く笑みをはいて答える。

「面倒な事になるだろうからな」

そう簡単に告げることは、昼を想うと出来ない。陽が落ちてからしか表に出れない自分の変わりに、昼に負担がいくのは目に見えている。

ただでさえ今も本家の連中からの期待が昼に重く圧しかかっているのだ。

「まぁ、いつ告げるかはお前が決めればいいさ。俺はお前の味方だからな。何かあったら相談しに来いよ」

ニィと盃に口を付け、笑った鴆は夜にとっても昼にとっても頼れる人物だった。

「は…、頼りにしてるぜ鴆」

人間の昼にも変わらない態度。鴆なら何があっても昼を守ってくれるだろう。

「おぅよ。俺もたまには役に立つだろ?」

「自分で言うな」

クツクツと笑いながら俺も盃を傾ける。

「ンでよ、話は変わるが何で俺を連れてってくれなかったんだ」

「何の話だ?」

「ネズミ狩りだよ、ネズミ狩り。置いてきやがって」

随分前の話を持ち出してきた鴆に、夜は連れてかなかった理由を思い出す。

確か昼が、鴆くんは体が弱いんだから連れてっちゃダメだと釘を刺されて…。

「そりゃぁアレだ。あの時お前、本家にいなかったからだ」

本当の事は言えないと、むしろ鴆のプライドの為にも言わない方がいいだろうと夜は考えて、当たり障りの無い理由を口にした。

「今回はもう過ぎちまったし諦めるが、次は必ず声かけろよ」

置いてったら毒羽根食らわすからな。

冗談には聞こえない声音に、夜はゆるりと口端を吊り上げる事で応えた。

《…んっ…この声、鴆くん?…あれ?夜?》

二人しかいない場に別の声が落ちる。と言ってもそれは夜にしか聞こえないが。

夜は手にしていた盃を置き、持参した酒瓶を鴆の方に押しやると立ち上がる。

「リクオ?」

「そろそろ帰る」

残りはやると言って、来る時も突然なら帰る時も突然。

「おぅ、気をつけて帰れよ」

鴆はそんなリクオをなれた様子で見送り、リクオはふらりと鴆の屋敷を後にした。

《夜?今、鴆くんと飲んでたんじゃないの?》

朧車の中でリクオは一人呟く。

「ちょうどキリが良かったから引き上げてきたんだ。あんま飲み過ぎんと学校に響くんだろ?」

《うっ、それはそうだけど。僕は夜にも自由に過ごして欲しいなぁって。その為なら一日ぐらい休んでも…》

「ふっ…、気持ちだけありがたく貰っとくぜ」

すとっと、本家の庭に降りた夜は迷わずリクオの部屋に向かう。

そして、桜の花弁が舞う二人きりの世界で可愛い事を言う昼をこの腕に抱き締めるのだった。



end




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